
こんにちは、しょこらです。
このページでは、私がどんな人間で、なぜ発信しているのかを、少し丁寧にご紹介します。
いまの私
私は今年で39歳。
5歳と3歳の男の子を育てながら、夫と4人で毎日にぎやかに暮らしています。
つい最近まで、製薬会社の研究職として正社員で14年働いていました。
高校生のころからの夢だった仕事で、真面目さだけは、それなりに自信がありました。
子どもが生まれるまではどちらかというと仕事人間で、「この会社で一生やっていくんだろうな」と本気で思い込んでいました。
でも復帰後、毎日が壊れていって。
そこから副業を始め、失敗して、遠回りして。
いまでは、文章で入り口をつくって積み上がっていく働き方にたどり着き、
2025年は副業で約440万円を稼ぎました。
記事を書く作業はほとんど外注していて、更新は月に1〜2回くらいでも、一度つくったものが、私が寝ているあいだも動いてくれる状態まで来ています。
昔の、子どもを寝かしつけたあと夜中にパソコンを開いていた私が聞いたら、
たぶんひっくり返ると思います(笑)
2026年6月末には、14年勤めた会社を辞めて独立起業しました。
「特別な人」の話に見えたら
「それって、しょこらさんが特別だからでしょ?」
そう感じる方もいるかもしれません。
でも、ブログの知識も、ライティングも、マーケティングも、全部ゼロからでした。
35歳のとき、オンラインの仕事なんてほとんど知らなかった、普通の会社員です。
院卒・研究職14年、という数字だけ見ると「すごい人」に見えるかもしれません。
でもぶっちゃけ、遠回りと、しんどさと、罪悪感のなかを這い上がってきただけです。
あなたと、同じ場所にいた1人の話として、読んでもらえたらうれしいです。
学生時代から、「頑張る」しか知らなかった
私は、ずっと「勉強して、いいところに入って、真面目に働く」が正解だと思って生きてきました。
きっかけは、高校2年のときです。
数学の担任だった先生が、ある日から突然お休みになって。
次に聞いたのは、「亡くなられました」という報告でした。
お葬式で見た先生の姿は、衝撃的でした。すごくやせ細っていて、同じ人とは思えないほど…
原因は、がんだったと聞きました。
「薬って、治すために使うはずなのに、なんでこんなに辛い思いをしなきゃいけないんだろう」
その違和感が、そのまま夢になりました。
副作用のない抗がん剤を、作りたい。
そこから理系の道へ進んで、研究職としてメーカーに入りました。
夢を叶えたんです。高校生のころからの。
だからこそ、長く「ここでやり切らないと」という気持ちが強かった。
親も友人も、みんな会社員やパートで働いていて、起業なんて自分には無縁の世界だと思っていました。
真面目にやってきた人ほど、道から外れることに罪悪感を持ちやすいんだと思います。
「せっかくここまで来たのに」
「積み上げたキャリアを捨てるみたいで、もったいない」
そういう声を、頭の中で何度も聞きました。
でも後からわかるんです。
キャリアを手放すことと、新しい道をつくることは、イコールじゃない、って。
復帰したのに、時間が消えた
1人目は、待望の男の子でした。
可愛い。でも、毎日向き合うとしんどい。
真冬の夜中の授乳で、涙が出る日もありました。
正直、「早く仕事に戻りたい」と本気で思っていました。
育児の方が大変で、復帰すれば気持ち的にも少しは楽になるはず、と…
8ヶ月で0歳児クラスの保育園に入れて、フルタイムで復帰しました。
でも、現実は逆でした。
どんなに仕事が終わっていなくても、17時には会社を出る。
送り迎えは、全部自分。
子どもが寝たあとに、日付が変わる頃まで持ち帰った仕事をこなす。
自分の時間なんて、ゼロ。
いちばん痛かったのは、この時期の子どもとの記憶がほとんど残っていないことです。
こんなにそばにいたはずなのに。
「このままでいいのかな…」
「何のために、こんなに頑張ってるんだろう…」
頭の中で、ぐるぐるしていました。
頑張ってきた場所で、プツンと切れた
ある日、上司に
「産後ボケしてるから、いろいろ抜けてるのも仕方ないね」
と、他の人がいる前で言われました。
また別の日には、仕事量が多すぎて、外部との面談資料もささっと作ったら、「こんな出来じゃね…」と言われたり。
怒りと悔しさで、その日はさすがに限界で、会社のトイレでこっそり泣いて、家に帰っても夫の前で「もう仕事辞めたい…」と泣きました。
入社して一生懸命、頑張ってきた仕事です。
給与も福利厚生も、職場環境もいい。
子どもが生まれるまでは、ずっとこの会社で働くんだろうなって思い込んでいました。
でも、「私は、いったい何のために働いてるんだろう…」と思うようになっていました。
今まで頑張ってきたからこそ、キャリアも諦めたくない。
でもこのまま昇進すれば、責任は重くなる一方で、それが「小1の壁」と重なる未来が見えてしまって。
どこにも出口がない感じでした。
管理職の先輩ママが、夜遅くにメールを送っている姿を見たとき、「この先にある未来が嫌だ」と、はっきり思いました。
辞めたい。でも収入ゼロは嫌。
転職サイトに登録だけしてみたけど、結局なにも変わらない。
真面目にやってきた人ほど、「ここで踏ん張れない自分が弱いんじゃないか」って、自分を責めやすいのかもしれません。
でも、辞めたいと思ったこと自体が、弱さだったわけじゃないんです。
キャリアも手放したくない。子どもとの時間も、削りたくない。
でも会社員は、決まった時間に拘束されて働く構造。
その両方を守ろうとする私と、会社員という働き方の構造が、そもそも合っていなかっただけ。
動けなかった1年、それから
じゃあ、すぐに動けたのかというと、全然そんなことはなくて。
35歳。オンラインの仕事は未経験。
PCは仕事柄、触ってはいるけど、ライティングもWebデザインもマーケティングも、全く知らない。
副業も調べてみては、
「でも時間ないし」
「失敗したら怖いし」
「私にできるわけない」
で、またそっとページを閉じる。
そんな日が、1年近く続きました。
でもそこから、2人目の育休中にほんの少しずつ動き始めて。
初めて収益が出たのは、2023年5月。月の収益は、たったの20円でした(笑)
そこからたくさん学んで、失敗して。ノウハウコレクターにもなりました。
最初のころは、書いて書いて更新し続けないと落ちていく働き方にもハマって、自由になるために始めたはずなのに、また別の「終わらない労働」に近づいている感覚もありました。
その疲れが、あとで大きな方針転換につながります。
今は、2025年に副業で約440万円ほど稼ぎました。
スキマ時間で積み上げてきたからこそ、「これなら本業にしても大丈夫かも」と思えたんです。
知識だけじゃなく、環境や人への投資にも何百万円とかけて、守りの面も、かなり整った状態で2026年6月末、14年勤めた会社を辞めて、独立起業しました。
……と書くと、急に少しだけ「遠い人の話」っぽくなっちゃうかもですけど(笑)
ホントに、特別な才能なんて1ミリもなかったです。
むしろ、自己投資という名の「浪費」を山ほどして、夫には一生言えない金額を溶かしてきました…笑
ただ、遠回りした分だけ、「あの頃の自分が知りたかったこと」は、たくさん貯まりました。
独立してから、変わったこと
辞めてからまだ日は浅いのに、もう何度も「独立して本当によかった」と思っています。
平日の昼間に、スタバで時間を気にせずランチしたり。
子どもに「〇時にお迎え来て」と言われたら、「いいよ!」って言えるようになったり。
会社員のころは、お迎えがギリギリで「遅いよ」って言われて謝る日もあったのに。
いまは、保育参観も行事も必ず顔を出せる。
子どもの体調が悪い日も、「仕事どうしよう」が先に来るんじゃなくて、そばにいられる。
週1で趣味の大人バレエに通い始めたのも、やっと自分の時間が取れるようになったから。
こういう日常が、「いつか辞めたい」の先にあったんだな、と。
昔の自分が見たら、たぶん一番うらやむのは、売上の数字よりこっちだと思います(笑)
このブログで届けたいこと
・会社を辞める・辞めないに関係なく、いざというときに「いつでも辞められる」「会社だけに依存しない」という心の余裕を持つこと。
・真面目にキャリアを積んできた人が、「道を変えることへの罪悪感」を少しずつ手放せること。
・子どもとの時間も、自分の働き方も、どっちも諦めなくていい、と思えること。
私は、同じ場所にいた1人として、その感覚をそのまま伝えたいです。
遠回りは、もうしなくていい。
同じところで止まっている時間が、少しでも短くなるように。
あの頃の自分に手紙を書くような気持ちで、これから少しずつ書いていきますね。